FPSでは、ほんの「数ミリ秒」の差が勝敗を決めます。そんな世界で、「脳の使い方」と「視線の使い方」を鍛えることで反応速度を大きく縮められる──そんな研究結果が報告されました。
この記事では、高知工科大学(研究自体は東京大学在籍時のチーム)が行った、脳波と視線を使ったバイオフィードバックトレーニングが、どれくらいFPSの反応速度を上げたのかをわかりやすく解説します。
研究の概要:バイオフィードバックで「脳」と「視線」を鍛える
今回紹介する研究は、eスポーツプレイヤーの反応速度を科学的なトレーニングで向上させることを目的としたものです。
従来のトレーニングは、以下のようなものが中心でした。
- ひたすらゲームをプレイする反復練習
- リプレイや動画を見て動きを分析する
- 一般的な筋トレや体力トレーニング
どれも有効ではありますが、「脳の状態」や「視線の動き」といった認知プロセスを直接鍛える方法はあまり整っていませんでした。
近年の研究では、トッププレイヤーには次のような特徴があることが分かっています。
- 持続的な注意力が高い
- 情報処理が効率的
- 視線の動きが安定している
そこで研究チームは、脳波と視線に着目し、それらをリアルタイムでフィードバックしながらトレーニングすることで、FPSの反応速度がどれくらい変化するのかを検証しました。
実験①:脳波トレーニングで反応速度が「30ms」短縮
1つ目の実験では、プレイヤーの集中状態そのものを鍛えるために、脳波を使ったトレーニングが行われました。
参加者とトレーニング内容
実験には、それぞれのゲームで上位50%以上の成績を持つ男性ゲーマー21名が参加しました。
彼らは頭に脳波計を装着し、脳の中心部から計測されるシータ波とアルファ波の変動をリアルタイムで音として聞きながら、特定のトレーニングを行いました。
ポイントは以下の通りです。
- シータ波・アルファ波が高いほど「注意力が低い」状態
- これらが低いほど「集中力が高い」状態
- 波が下がると低い音、上がると高い音が鳴るように設定
- 参加者は音を手がかりに、自分の集中状態を調整し続ける
一方、比較対象のグループには、脳波とは関係のないランダムな音が流されました。
AimLabによる射撃テストの結果
トレーニングの前後で、参加者はAimLabを使い、ターゲット射撃タスクを実行しました。
計測されたのは、ターゲットが出現してからクリックするまでの時間です。
結果は次の通りです。
- 脳波トレーニングを行ったグループ:反応速度が中央値で30.3ミリ秒短縮
- 比較グループ:反応速度に大きな変化はなし
- さらに、脳波の解析でもシータ波・アルファ波のパワーが低下し、注意状態が高まっていることが確認された
- 命中率については両グループとも大きな変化がなく、「速くなっても当たらなくなる」ことはなかった
つまり、脳波フィードバックを使った集中トレーニングによって、反応速度だけを向上させることに成功したと言えます。
実験②:視線トレーニングで反応速度が「47ms」短縮
2つ目の実験では、FPSにおけるもうひとつの重要要素である視線のコントロールに焦点が当てられました。
FPSでは、視線を大きく動かしすぎると、そのぶん反応が遅れてしまいます。そのため上級者ほど視線を画面中央付近に保ち、周辺視野でターゲットを捉える傾向があります。
視線フィードバックトレーニングの内容
この実験では、以下のような仕組みが使われました。
- 参加者はアイカメラを装着し、視線の位置をリアルタイムで追跡
- 視線が画面中央から外れると「ビッ」と警告音が鳴る
- 視線を中央に戻すと音が消える
- この繰り返しによって、「視線を中央に安定させる」戦略を自然と学習していく
こちらの実験も、経験豊富な男性ゲーマー21名が対象となり、比較グループには警告音によるフィードバックは与えられませんでした。
AimLabでの結果と視線の変化
トレーニング後に、再びAimLabで同じ射撃タスクが行われ、その結果は以下のようになりました。
- 視線トレーニングを受けたグループ:反応速度が中央値で47.2ミリ秒短縮
- 比較グループ:13.9ミリ秒の短縮にとどまり、この変化は統計的に有意ではなかった
- 視線データの解析では、実験グループの水平・垂直方向の視線分布が狭くなり、視線のブレが少なくなっていた
- 命中率にはほとんど変化がなく、こちらでも精度を落とすことなく速度のみが向上していた
つまり、参加者たちは「視線を中央に安定させつつ、周辺視で敵を捉える」FPS上級者的な視線戦術を、短時間のトレーニングで身につけたことになります。
30〜47ms短縮はどれくらいヤバいのか?フレーム換算で考える
FPSでは144Hzモニターがよく使われています。144Hzは「1秒間に144回画面が更新される」という意味で、
1フレーム ≒ 約7ミリ秒
となります。
今回の研究で得られた反応速度の改善量は30〜47ミリ秒ですから、これはフレーム換算でおおよそ
約4〜7フレーム分の差
に相当します。
撃ち合いの世界では、この数フレームの差が「先に撃てるか」「一瞬遅れてやられるか」を分けます。プロシーンでも普通に勝敗に影響するレベルのアドバンテージだと言えるでしょう。
研究の限界と、研究者からの補足コメント
今回の研究は非常に興味深い結果を示していますが、いくつかの限界も指摘されています。
- 効果は単回のトレーニングによるものであり、長期的に持続するかはまだ不明
- FPSのエイムや反応に特化した実験であり、他のゲームジャンルにそのまま適用できるかは分からない
- サンプルサイズ(参加者数)は多くなく、今後はより大規模な研究が必要
ただし、研究チームはすでに長期効果の検証実験を進めており、注意力トレーニングと視線トレーニングの併用、さらにはプロeスポーツチームへの導入も視野に入れているとのことです。
X(旧Twitter)での研究者本人からの補足
この研究については、first author(第一著者)の研究者本人が、X(旧Twitter)のリプライ欄で以下のように補足をしています。
- 研究は現在所属する高知工科大学ではなく、東京大学在籍時のチームで行ったものである
- 脳波トレーニングは一般家庭で試すのは難しいが、視線トレーニングは市販のアイトラッカーと公開ソフトで試すことができる
- 今回の研究は、「注意力が求められる状況」と「画面中央に集中すべき状況」に限定して効果を検証しており、それ以外の状況で恩恵があるかはまだ分からない
特に、視線トレーニングはAmazonなどで買える一般向けアイトラッカーでも再現可能とのことで、FPSガチ勢にとっては非常に気になるポイントではないでしょうか。
まとめ:FPSで勝ちたいなら「脳」と「視線」も鍛える時代へ
これまでのFPSトレーニングは、
- AimLabやゲーム内のエイム練習
- ひたすらランクマッチを回す反復練習
- 筋トレや体力作り
といったものが中心でした。
しかし今回の研究結果は、「脳の状態」と「視線の使い方」を直接鍛えることで、反応速度が30〜47msも短縮できることを示しています。
特に視線トレーニングは、
- 画面中央に視線を安定させる
- 周辺視野で敵や情報を捉える
- 無駄な視線移動を減らす
といった、FPSの上級テクニックを短期間で身につける手段になり得ます。
144Hz環境で4〜7フレーム分の差を生むこのトレーニングは、プロ・競技勢はもちろん、ランクを上げたい一般プレイヤーにとっても、十分に試す価値のあるアプローチだと言えるでしょう。
「もっと早く反応したい」「撃ち合いであと一歩勝てない」と感じているなら、単なるエイム練習だけでなく、脳と視線を鍛えるトレーニングにも目を向けてみてはいかがでしょうか。
参考文献
Biofeedback training helps esports players react significantly fasterhttps://www.psypost.org/biofeedback-training-helps-esports-players-react-significantly-faster/
Biofeedback training can enhance esports players’ shooting performance in an aiming task: focusing on cortical activity and gaze movementhttps://doi.org/10.1016/j.chb.2025.108836


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